「臨床の記述と「義」 -樽味伸論文集-」を読みました。

本日ご紹介するのは、樽味伸先生の著書「臨床の記述と「義」 -樽味伸論文集-」です。樽味先生といえば、「ディスチミア型うつ病」を提唱された先生としてよく知られています。九州大学医学部精神科で研鑽を積まれたこの先生が、33歳という若さで急死されたことを、僕は知りませんでした。若くして亡くなったこの先生の論文集が、本書になります。あくまで論文をとっている文章ですが、その中には先生の温かいお人柄を感じられました。人間の精神というものへの尊敬の念。そして、それにかかわるものとしての謙虚な姿勢。一度もお会いしたことのないこの先生から、僕は知識よりも大切なものを教えて頂けた気がしています。

以下には、特に面白いと感じた部分について述べていきたいと思います。

まずは、冒頭の神田橋條治先生との症例検討(神田橋先生も九州大学ご出身でしたね)。
神田橋先生と言えば、精神分析の大家ですね。僕も「精神科診断面接のコツ」、「精神療法面接のコツ」は読ませて頂き、「すごい本だな」と感銘を受けたのを覚えています。こうした個人の経験に基づく情報は、一定の距離感をもって付き合うべきだとは思います。ただ、実臨床で研鑽を積まれてきた先生による文章から、臨床におけるヒントを頂くことがあるのもまた事実。神田橋先生と症例検討をするという経験は、きっと樽味先生にとっても刺激的なものであったろうと思います。
摂食障害の症例についての検討でしたが、「摂食障害の人に料理をさせてみると良い」、「非言語化の能力が高そうな症例だから、勉強などの非現実的な営みではなくて、もっと現実的なことをさせてあげると良いかも」、「本人と両親の気質を検討してみる(どちらに似ているのか)」といったヒントは興味深かったし、実臨床での判断材料の一つとして持っておいても良いかもしれないと思いました。「言葉を投げかけた時も、途切れなく観察を続ける」という「診断学」に基づく姿勢も大事だと思います。

次に、「「物語」と「逸脱」そして「共犯の時間」」という論文。これは、僕の個人的な事情もあって、大変興味深かったです。僕は、PTSDの患者さんを診るのが苦手だと感じていたのですが、その苦手意識の正体が何なのか、ヒントをもらいました。
学びは以下の通りです。
・PTSDの方は、多くが「他者から攻撃を受けた被害者であり、部外者が入り込めない聖性を持つ」こと。
・彼らは初診時から「自身の物語」をすでに作ってくることが多いが、その物語はしばしば先鋭化していて、本当は存在した他の影響因子が取り去られていることもあること。
・その物語に同意することで、医療者側は「共犯になった」という感覚が生まれること。
・先鋭化した物語を持ち続けることが患者自身の回復を阻害することがあること。
・彼らの物語を全面的に肯定することが必ずしも治療的とは限らないこと。
彼らはもちろん症状に苦しんでいるし、わざとそうしたことをしているわけではありません。ただ、彼らは無意識のうちに物語を先鋭化させてしまいうる。そのため、彼らの物語に多くの「余分な」要素を浮かび上がらせ、雑多な物語に変えていく作業が、結果的には治療的な関わりになるかもしれません。今後の治療に大いに生かせそうな気付きを与えてもらいました。

3つ目は、「現代社会が生む”ディスチミア親和型”」です。ディスチミア親和型は、従来の典型的なうつ病とは違う病像をもつ一群を呼ぶ用語です(世間では「新型うつ病」なんて表現もされていますね)。彼らは、従来のうつ病としての対処ではうまくいかないことも少なくなく、向精神薬の効果も部分的であることもある。そのため、臨床場面でも、彼らは「対応には工夫が必要な人」と認識をされているところがあると感じます。どのような対応が治療的となるのか。そのヒントを、本論文から頂きました。
樽味先生は、現代社会においては、家庭内の「役割」が希薄となった事が、ディスチミア親和型が増える要因ではないかと考察しています。家庭での役割が見えにくくなり、競争も昔に比べると減ったように見える。その結果として、責任や規範に強くない方が増えてきた。しかし一方、そんな彼らも社会人になると仕事という「役割」が与えられ、競争だらけの世界にいきなり放り出される。そうして顕在化してきたのが、ディスチミア親和型ではないか、というお考えのようです。僕も、確かにそうした図式はあるだろうと思いますね。
勉強になったのは、先生なりの治療介入の方法です。彼らの心的弾力性を刺激するためには、出来ている部分を褒めてあげることが大切だ。しかし一方で、自己愛の不健康な肥大は避けねばならない。そこで先生は、「下っ端医者のモードで刺激すると良いのでは」と提案されています。こういうことを論文に記載されているところ、面白いですよね。先生の実直さが感じられて、思わずにやけてしまいました(笑)

他にも色々な論文がありましたが、いずれも樽味先生の真摯さ、謙虚さが感じられる文章で、大変好感が持てました。しかし、これだけ優れた先生が若くして亡くなられたことは、つくづく残念なことですね……。自分もちょうど今年、先生が亡くなられた年齢になります。真摯に仕事に向き合い、社会に貢献しようというその姿勢を、僕も大切にしたいと思いました。

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