平成を振り返ってみました。

まもなく平成が終わる今日、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
僕はというと、ファミレスでパソコンを開き、色々な作業をしているところです。アラサーになっても、自宅では作業に集中できないんですよね……。多分今後もそうなんだと思います。

さて、もうすぐ平成が終わり、令和が始まります。天皇はご存命であることもあってか、日本全体がなんだかお祭りのような雰囲気になっていると感じます。
なお、令和になっても、僕の生活はさほど変わりません。仕事や家庭での役割も変わる見込みはありませんし、制作も今のスタイルを貫くと思います。しかし、平成が終わる事には少し寂しさも感じます。平成のうちに別れた方。平成のうちに失ったもの。それらを平成に残し、自分達は令和という新しい時代に向かうのだ、という感覚があります。
そうした感傷的な気持ちもあったので、令和になる前に「自分にとっての平成」を振り返ってみることにしました。
個人的な話も出るので注意。

<家族について>
人並みな出会いと別れがありましたね。
一番悲しかったのは、自身の祖父母が4人とも亡くなったことです。特に、母方の祖母にはかわいがってもらっていたので、いっそうつらかったのをよく覚えています。
また、友人も何人か失いました。特に、「無念だったろうな」と思える亡くなり方は、みていて切なくなりますね。彼らと共に令和を迎えられないことは、とても残念です。
一方で、自身の両親、兄弟が皆健在であることは、ありがたいことです。家族が傍にいるのは当たり前だと思いがちですが、そうではないんだよな、ということを最近強く感じます。僕の両親ももう60歳前後という年齢です。もう若くない彼らを、今まで以上に大事にしていきたいと思います。
一番うれしかったのは、今の妻と出会え、2人の子供に恵まれたことです。今の妻と結婚できたことは、僕の人生でもっとも幸福なことのひとつだと思っています(完全にノロケですね。すみません)。なお、子が出来てからは、当然妻とも関係性は変わりました。当初は向かい合ってお互いだけを見ていたところから、ふたりで同じ方向を見て生きていくことになった、という形に変化したように思います。子供たちとの共同生活はなかなか余裕がない時もあり、前よりも妻とぶつかる事も増えました。ただ、これだけ僕を受容してくれている人がどれだけいるだろうと考えると、彼女と結婚できてよかったなあ、と最近よく思います。
息子と娘は、とにかく可愛いですね。最近twitterに親バカネぶりをさらすことが増えてしまい、すみません(笑) 彼らに親として向かい合い続け、その成長を見守っていくのが僕の使命だと思っています。令和でも、家族を大事にできる人間でありたいと思います。

勉学、仕事について
もともと僕は、勉強があまり好きではありませんでした。中学生になろうかという年齢で、「用いる」を「よういる」と読み、それを妹に指摘されるくらいにはアホでした。そもそも、学校がすごく嫌いだったんですよね。良い点数を取るととクラスメイトからいじわるをされていた(あえて含みのある表現にしておきます(笑))こともあり、学校は「いかに何事もなく乗り切るか」を考え続ける場所でした。
そういうわけで、勉強なんてどうでもいいと思っていた僕ですが、ぼんやりと「自分と同じように、日々悩みながら生きている人を援助できる仕事をしたい」と考えていました。そのために勉強しようと思えたのが、今となっては幸運でしたねえ……。親のおかげもあって高校、大学を卒業し、無事に人を援助する仕事につけました。なお、仕事をしながら通った大学院も昨年卒業し、無事に博士号なるものも頂いたり……。「よういる」と読んでいたような僕でしたが、勉強は頑張っておいてよかったなあと今になって思いますね。
仕事についてですが、やりがいは大いにある内容です。上記のような経験があったおかげか、悩みを聞くことはそれほど苦痛ではないんですよね。自分が担当した方から「貴方が担当してくれてよかった」なんて言われることもあって、「この仕事をやっていてよかった」と思うこともあります。
ただ、この仕事を令和もバリバリやっていくかはわかりません。上のような経験があるのは僕の良さでもあるのですが、大きな欠点にもなり得ると最近つくづく思っています。仕事で負う傷つきに対して自分は今後も対応し続けられるのか、対応するとするならどのようにやるのか、それを考えていく必要があると思います。仕事は、今後の人生でも大きな時間を費やすものです。しかし一方で、仕事のためだけに生きているわけでもありません。令和になっても、まずはその部分をよく考えたいと思います。

制作について
せっかくなので、「九州壇氏」を名乗るに至った経緯も少し書いてみます。
僕は子供時代から創作が好きで、小学3年生の頃にはすでに下手くそな漫画を描いていましたね。カービィみたいなキャラクターが、ビーダマンやミニ四駆やらでライバルと対戦する内容だったと思います。一番長いのは第100話くらいまでなっていたことを考えると、子供ながらに熱中していましたねえ……。
何がきっかけだったのかはちょっとよく思い出せないのですが、毎月買っていた「コロコロコミック」とか、テレビアニメの影響は受けていたように思います。兄弟がいることもあって、小さい頃は色々と見ていました。そうしたものが、僕の創作好きの基礎にあるように思います。
どうして創作が好きだったのかと考えてみると、多分に承認欲求はあったと思います。普段褒められることなんてあまりない僕でしたが、物語を作ると、兄弟や親が面白がってくれていたんですよね。
その後、「RPGツクール2000」を買いRPGを作ったりもしながら、僕は色々なフリーゲームをプレイするようになりました。その後、自分はゲームに「物語」だけを求めていることに気付き、それからはフリーノベルゲームを多くプレイするようになりました。そうして「いつか自分もノベルゲーム作ってみたいなあ」とぼんやりと考えるようになっていました。
九州壇氏が誕生した経緯は、今でもはっきり覚えています。僕の友達が、「手軽にHPを作れるサイトを見つけた! 俺のHPに遊びに来てくれ」とメールしてきたんですよね。そこでふと、「これを使えば、自分も創作物をHPで掲載できるんじゃないか?」と思い至り、HPを作る事になったのです(HP:http://id49.fm-p.jp/13/ryoaeropdr/)。ハンドルネームは思い付きで「九州壇氏」に決定。「ゆっくりと、少しずつ成長していこう」という思いから、HP名は「Like a spiral staircase」としました。
余談ですが、若かりし僕は、「九州男児」を誤って「きゅうしゅうだんし」と読んでいて、それで今の当て字にしてしまったんですよね(笑) 少ししてから間違いに気が付いたのですが、すっかり慣れてしまった名前を今更変更もできず……。故に、面と向かって「『九州壇氏』ってなんて読むんですか」と言われると、ちょっと恥ずかしい思いをしています(笑)
閑話休題。そうしたわけで九州壇氏として創作活動を始めた僕ですが、そこで楽しい事をたくさん経験させて頂きました。学生時代は時間も結構あって、ケータイ小説も含めて、たくさんの作品を作り上げることが出来ました。ノベルゲームとしては、「セイシュン真っ盛り!」までの5作品がこの時期に完成しています。その中でも「乙女心と夏の空」という作品は、特に思い入れがありますね。僕が初めてHPで掲載した物語ですし、その構成上、ノベルゲームとして完成させるのもかなり苦労しました。なお、本作品は他者の評価があまり高くないし、その理由は自分でもある程度理解しています。僕の未熟なところ、クセの強いところが特に色々と盛り込まれていて、ある種の方は不快感も覚えうるものになっているんだと思います。正直、「自作品を他人に勧めるならどれか」と今尋ねられたら別の作品名を挙げます(笑) 
ただ、僕自身としてはこの作品に与えてもらったのがたくさんありました。学生時代にこの作品を作り出せてよかったなあ、と思います。
その後は社会人となり、創作に向かう時間が急に減りました。普段から精神的に疲弊していることが増え、創作に向かう気力がわきにくくなってしまったんですよね。なんとか制作を続けようと色々試行錯誤もしてみたけどなかなかそれも難しくて。その後、社会人2年目で子が生まれ、大学院にも通うようになってからは、ますます難しくなってしまいました。でも、「制作者はやめる」という選択肢はなかったです。代わりに、「ゆっくりでいいから完成させよう」という思いで制作に取り組むようになりました。「君と再会した日」、「眠れない夜に」という作品は、「細く長く」というスタイルで完成させることができた作品です。これら2作品のおかげで、「今後もぼちぼち創作もやっていけそうかな」という自信をもつことが出来ましたね。
また、こうした活動を通じて、創作を愛する方とのつながりをたくさん持てたことも嬉しい事でした。ケータイ小説時代からお知り合いとは、もう10年以上前からのお付き合いになるんですよね。こうした繋がりに感謝し、令和でも大事にしていきたいと思います。
なお、他の大きな出来事としては、義弓くーさん主催の「ショート100」企画に参加させて頂いたこともありますね。こうした企画に参加するのは初めてですが、おかげでここでも様々な方と仲良くなることが出来ました。ちなみに、作品はまだ完成していません。自分自身も大きな仕事を残したままで平静を終える事になりそうです。令和ではしっかりと作品を完成させられるように頑張りたいと思います。
最後に、「九州壇氏」としての令和での目標を少し書いてみます。
僕の作品は大勢の方に受ける部類のものではないし、今後もそうだと思います。自分が描きたいものは、フリーゲーム内での需要としてはかなり小さいものであることも理解しているつもりです。
ただ、やっぱり自分が良いと思えるものを今後も作っていきたいし、その中で少しずつ作品の質を上げていきたいと思っています。それができるのが、「フリー」の強みだと思いますしね。令和でも、「細く長く」と気楽に構えながら創作活動を楽しみたいな、と思います。


「平成を振り返ってみました」と題したこの記事ですが、結果として僕の半生を語るような内容になってしまいましたね。まあ、平成最後ということで、大目に見て頂けますと幸いです(笑)
では、令和でも皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント

春風遼
2019年04月29日 19:40
こんばんは。いよいよ平成が終わるのですね。こんな風に簡潔にまとめられる九州壇氏さんの文章力を、いつも羨ましく思いながら、既に10年くらい経ってしまいました(笑)その間に、お互い学生を卒業し、働き始め、九州壇氏さんは大切なご家族が増え…本当に色々なことがありましたね。長い間、仲良くしてくださっていること、本当に感謝しています。令和も、どうぞよろしくお願いいたします。(追伸:素敵なノロケご馳走さまです。ノロケも親バカトークも大歓迎なので、ご家族自慢されたい時は遠慮せずにぜひぜひ聞かせてくださいね(笑))
九州壇氏
2019年05月01日 09:51
ご返信遅くなり申し訳ありません。
こちらこそ、平成では大変お世話になりました。記事中にも触れましたが、春風さんとはもう10年前から仲良くさせて頂いているんですよね。早くて驚きです💦 直接お話しさせて頂けたのも良い思い出です。
春風さんのtwitterもよく拝見していますが、本を作られたり、一日一字を100日達成されたり、精力的に活動されておられますね。そうしたお姿から、自分も多々モチベーションを頂いております。
僕の活動の応援もしてくださり、いつもありがとうございます。正直、「やめようかな」なんて思ったこともありましたが、皆様のおかげもあって今でも楽しく続けられているなと思います。引き続き、時々ノロケつつ活動していこうと思います(笑)
令和でもどうぞよろしく致します。

この記事へのトラックバック