ある青年との日々について。

本日は、仕事であった出来事を書いてみます。普段は仕事のことはあえて書かないようにしているのですが、先日印象的な出来事があり、どうしてもここに書いておきたくなったのです。もしよければ、少しだけお付き合いください。

その青年の事はY君と呼ぶことにします。Y君と僕は、彼の父親を通じて知り合いました。ある日、職場の同僚でもある父親から僕に電話があったのです。
「私の息子の体調が悪そうなので、対応してもらえないだろうか」
僕はすぐに了承しました。

初めて会った時、Y君は22歳でした。彼は明らかに落ち込んでいて、元気がありませんでした。「大学も辞めてしまいたい」、「先の事を考えると絶望的な気持ちになる」といい、死にたい気持ちがある事も話してくれました。また、自身の細い眼をとても気にしていて(彼は星野源によく似ていました。僕から見るとイケメンだったのですが)、「目を手術しようかと考えている」とも話してくれました。
そんな彼に、僕は以下を伝えました。
・今Y君はとても体調が悪い状態であり、治療が必要だと思います。まずは大学も休んでゆっくりと休養するべきです。
・今、Y君が冷静な判断をするのは難しいと思います。大学を辞める、手術をする、等の重要な決定は体調が良くなるまで先延ばしにした方が良いです。
上記に頷いてくれた彼。そして僕は、最後に一番大事なことを伝えました。
「絶望的な思いがあると、死にたい気持ちが強まる。でも、絶対に早まったことはしないと約束してほしい。もしも君に何かあったら、僕はとても悲しいし、絶対に後悔する。死にたくてたまらなくなったら、すぐに僕に教えてほしい」
その言葉にも、彼は頷いてくれました。

その後、僕と彼の治療は半年ほど続きました。彼は大変真面目な人で、こうした方がいいと僕が提案したことはきちんと取り組んでくれました。そうした本人の姿勢もあって、半年後には彼はすっかり元気になり、笑顔も取り戻していました。
「あの時の自分は明らかにおかしかったです。何もかも絶望的に思えていて、毎日死にたいと思っていました」
「今は、友達と遊びに行くのが楽しいです。前は友達と会うのも煩わしいと感じていました」
体調が良くなったことを共に喜びつつ、彼とは再発予防のための方法についても話し合っていきました。冷静に物事を考えられている彼を見て、僕は治療が少しずつ終わりに向かっていると感じました。そんな中、彼は新たに生まれてきた目標を聞かせてくれました。
「今後は、人の心に寄り添えるカウンセラーの仕事がしたいと思っています。自分と同じ苦しみを味わった人を助けてあげたいんです」
彼は、今行っている工学系の大学はやめて、新しく心理学を学びに大学に行きたいと考えていると言いました。それを聞いて、僕は内心嬉しく思いました。少なくとも、治療者である僕が軽蔑されていればこんなことを聞かせてくれないはずだ、と思ったのです。
僕は次のように答えました。
「今のY君には冷静に物事を判断する能力があると思っています。大事な決定だから親御さんにも相談した方がいいですが、Y君が強くそうしたいと思うなら僕も応援します」

その後、彼は両親ともよく話し合い、カウンセラーになりたいという夢を叶えるべく勉強を始めました。
雑談も多くなっていた彼との面談では、心理学について話をする時間も増えました。穏やかで真面目な彼は、どんなカウンセラーになるのだろうか。それを想像して、僕は密かにわくわくしていました。
良くも悪くも、僕は彼に親近感を持っていたのだと思います。僕も、自分自身が苦しんだ経験をもとにこの仕事を選んでいだので、彼の夢を応援したいと強く思ったのです。
年末に会った時、僕は彼に「Y君は無理しすぎるところがありますからね。ぼちぼちやっていきましょうね」と伝えました。彼も笑顔で「そうします」と答えてくれました。
それから約1か月後。彼の父親からお電話がありました。
何の気なしに電話に出た僕に、彼はいつもと変わらない口ぶりで言いました。


「ご報告です。つい先日、息子は自室で首を吊って亡くなりました」


それに対して自分がどう返答したのか、正直僕はよく覚えていません。
ただただ、申し訳ない気持ちでいっぱいで、謝罪を繰り返していたように思います。

今考えてみると、Y君は死の直前に何かとてもつらい事があったのではないかと思います。彼は結局、眼瞼下垂があるとのことで年明けに目を手術していたのです。それから数日後の出来事ですから、大切な人からそのことについて何か言われたのかもしれません(今となっては、憶測で語るしかないのですが)。

あれから1か月ほどが経過しましたが、僕は今でも心の整理をつけられずにいます。親しい人や職場の上司には報告したのですが、皆「お前の対応に問題はない。仕方がなかった」と言うばかりです。話題にすると露骨に嫌な顔をする人もいて、僕はついに一度もこのことを周囲に詳しく語れないままでした。

今でも、彼が死んでしまった事はただただ残念だし、申し訳ない気持ちは消えません。
死の直前、彼は何を考えていたのか。
もし彼が生きていたら、どんなカウンセラーになったのだろうか。
こうした問いの答えは、もう永遠に得られることはありません。

今回の出来事を前向きにとらえることなんて今後もできるはずはないし、生きている限り僕はこの自責感を抱え続けるしかありません。そのことは仕方がない事だと思っています。
ただ、もしも僕が何も語らずに死んでしまうようなことになれば、あの場所で僕とY君がどんな話をしていたのかは誰も知らないままになってしまいます。まるで何もなかったようになるのが悲しくてたまらなくなって、今回彼との思い出をこんなところに書かせてもらった次第です。

相手に死なれてしまうこと自体は僕も初めてではありません。何百人と担当していれば、こうした経験をすることも珍しくないことも理解はしています。
ただそれでも、Y君の死は特に大きな影響を自分に与えていると感じます。良くも悪くも、僕は彼に親近感を持っていました。また思うことがあれば、こうしてここに書かせてもらうこともあるかもしれません。

以上です。こんな長文を読んでくださり、ありがとうございました

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